税理士 向山裕純の税のなんだパンダ

創業45年を迎えました。難しいと思われがちな税金についてわかりやすい解説をしていきます。税金以外にも時事問題など取り上げていきます。

<< PREV | PAGE-SELECT | NEXT >>

>> EDIT

2013年〝相続時代〟の幕開け

金融緩和だけではデフレ脱却できない!?
新春提言「不動産非課税など大胆な相続減税を」


 今回の衆院総選挙では、序盤戦からにわかに「金融緩和」というキーワードが飛び交った。消費税増税、TPP、原発など、争点となる重要課題は山積していたが、自民党陣営では安倍総裁が第一声から「デフレ脱却のためには、量的に大幅な金融緩和が不可欠。建設国債を直接、日銀に引き受けさせるなど、必要ならば日銀法の改正も視野に入れて検討する」などと述べ、金融緩和政策を強力に推進していく姿勢を打ち出した。選挙戦の中盤から終盤にかけて、自民党の圧倒的な優勢が伝えられるたびにマーケットは敏感に反応。株価は上昇し、円安が進行した。しかし、中央銀行の独立性までを危うくするような金融緩和によって、本当にデフレからの脱却は図れるのだろうか。そしてそれは、実際に健全なかたちでのインフレの誘導と、それによる景気回復に連動したものになるのだろうか。本紙の新春特集は、「金融緩和」をテーマに据え、相続税の大胆な減税策の実施などによる「デフレ脱却」の可能性について提言したい。【本紙「新春特集」取材班】

「アベノミクス」で景気は回復?
 自民党の圧勝というよりも、民主党の自滅的な惨敗という結果に終わった衆院総選挙。自民党の安倍総裁を首班とする自公政権は、組閣・党三役などの人事を年内に固め、まずは景気・復興対策として10兆円規模の大型な平成24年度補正予算を編成することになる。年明け早々には自民党税制調査会(与党税調)を機能させ、平成25年度税制改正大綱を急ピッチで取りまとめる必要に迫られる。景気回復も震災復興も待ったなしの状況である以上、予算の執行に遅れが出てはならない。通常国会では税制改正法案の審議に充分な時間を割き、年度内の成立を目指すことになる。
選挙戦で急浮上した金融緩和政策の推進論。安倍総裁が強硬に主張したことから「アベノミクス」などと呼ばれ、にわかに注目されるようになった金融緩和政策で、はたして本当にデフレからの脱却と、日本経済の再浮上が図れるのだろうか。
旧日銀法は昭和17年に整えられたもので、これが平成9年に全部改正されたのが現行の日銀法だ。法改正当時から日銀の独立性が強すぎるためにデフレ対策ができないことを問題視する意見も多く、これまでにもたびたび制限を設けようとする改正案が国会に提出されてきた。
実際、現行の日銀法が平成10年4月に施行されて以降、同24年10月までの175カ月間でコア・コアCPI(エネルギー・食料品を除く国際的な消費者物価指数=インフレ指数)が前年比プラスになったのは、通算でわずか9カ月にすぎない。つまり、政府からの独立性を明確に規定した日銀法が施行されてから今日まで、日銀は物価の下落を放置する「デフレ容認路線」を取り続けてきたともいえる。
日銀法の改正以降、デフレ容認の路線を進んできた日銀ではあるが、その間、大胆な超低金利政策や度重なる金融緩和といった手法を駆使して、世界ではじめて市場と対話した実績があるともいえる。日銀の長期にわたる超低金利政策は欧米の中央銀行も手本にしたほどで、アメリカをはじめとする各国では圧倒的な量的規模の金融緩和施策を実施し、同時に低いインフレ率を保つことに成功した。しかしその一方で、日銀はインフレ恐怖症から抜け出すことができないまま、長期間のデフレスパイラルにもがき続けてきたわけだ。仮に、日銀が数年前から極めて大胆な金融緩和を行っていれば、日本経済の状況は大きく好転していたという可能性も否定できないだろう。


物価が下がるデフレがなぜ悪いか
 デフレを容認してきたのは日銀だけに限らない。もはや〝恒常化〟しているといっても過言ではないほど、ここまで景気の低迷が長期化してしまうと、消費者・納税者の率直な感情として、「家計が苦しいときに、物価が下がるデフレがなぜ悪いのか」といった声が強まるのは当然だ。政治家も「デフレからの脱却を訴えて、有権者の支持が得られるとは思えない」と考えるようになり、結果として日銀によるデフレ容認路線を放置してきたことになる。
平成23年の総合消費者物価は平成9年比で3・3%下がった。景気の減退が続く期間に、物価が下がるデフレの現象は、それとは正反対のインフレよりも歓迎されることだろうが、同じ時期に給与所得世帯の収入は15・8%も減少している。この間、日本の国内総生産(GDP)は約1割減ったが、中国のそれは約6倍へと飛躍的に膨張し、日本を抜き去って世界第2位の経済規模となった。デフレは経済全体を萎縮させ、その結果、税収が激減して国家財政は危機に陥る。
「アベノミクス」では当初、「3%のインフレターゲット」を設定するよう日銀に求めており、新政権でも日銀との新たなアコード(政策の約束)に「2%を目標」とする文言を盛り込みたい考えだ。「2%を目途」としていた民主党政権時代のものよりも、一歩踏み込んだかたちだが、このインフレ数値目標については、金融・経済アナリストら専門家のあいだでも「バブル期ですら1・3%のインフレ率だった」ことから、その効果に懐疑的な意見が多いといえる。さらに、日銀が直接、建設国債を買い取れるようにしても、民間に支払われた公共工事代金が結局は市中銀行に回収されるだけのことで、結果的にマネーはより高い利回りの運用先を求めるのだから、国内へは再投資されず、デフレの解消には結びつかないといった意見もある。


 自公政権が「アベノミクス」を推進していくという観測を材料にして、一時的な円安と株高は演出されるだろうが、こうした動きは実際に「金融緩和の効果」があらわれたものではなく、「金融緩和への期待感」からのものであるといえる。円安・株高の〝正体〟を見極めないまま、それを根拠にデフレから脱却しつつあるなどと判断するのは錯覚であり、景気が回復に向かっているなどと捉えるのは短絡的に過ぎるといわざるを得ない。
仮に、「アベノミクス」が推進されれば、市中銀行では金利上昇などを見込んで国債運用の姿勢を強めるものと考えられる。日銀による量的な金融緩和が進むと輪番オペ(日銀による買いオペ)などで調達する資金量は増大するが、国内にこれといった成長産業も資金需要先も見出せない以上、魅力的な融資先はなく、必然的に国債運用の比重が高くなると予測される。さらに、メガバンクは国内向けの小型融資よりも、海外での国家プロジェクト級の旺盛な巨額資金需要に応じていたほうが管理も回収も容易で、投資効率もはるかによいと判断するはずだ。つまり、金融緩和によって量的にダブつき、潤沢になるはずのマネーは、国内の実体経済にはそれほど還流しないで、むしろ海外へ流出する公算が大きいといえる。資金の還流先として「アベノミクス」では、「国土強靱化」政策の推進と絡めて大型の公共事業を掲げているが、肝心の内需拡大策が公共工事へのバラマキだけではデフレ脱却には繋がらないだろう。
歴史に学べば一目瞭然だ。日米構造協議をもとに策定された「公共投資基本計画」によって、平成7年度から平成19年度までの13年間に投じられた公共事業費は総額630兆円もの巨額におよんだ。これだけの税金を公共事業に投下したにも関わらず、日本経済は停滞を続け、国と地方の借金だけが増えた。今日ではこの期間を指して「失われた20年」などと評価しているのが事実であり、公共事業へのバラマキだけでデフレから脱却できないことは、すでに実証済みだといえる。

複数の課題には複数の政策が必要
 しかし、日本経済が再浮上するためには、早期にデフレからの脱却を図ることが不可欠だ。そしてそのためには、大胆な金融緩和政策の断行も必要だが、初級経済学の基礎定理のひとつとされる「ティンバーゲンの定理」を持ち出すまでもなく、「複数の独立した政策目標を同時に達成するためには、それと同数の独立した政策手段が必要である」とされている以上、量的緩和という金融政策だけでは、インフレ誘導や景気回復といった課題が同時に解決されるとは考えにくい。金融政策とは別に、独立した財政規律政策と経済成長政策などが同時に進行しなければ、デフレ脱却は画餅に終わる危険性をはらんでいるといわざるを得ない。
デフレの原因が少子高齢化にあるとする指摘や、国際競争の激化がデフレの状況をつくりだした要因であるとする意見もある。しかし、少子高齢化が進むのは日本だけに限ったことではなく、北欧をはじめとする欧州諸国でもその傾向は顕著だ。また、中国やアジア各国などから安い製品が大量に入ってくるアメリカでも、日本ほどのデフレ状態にはなっていない。
「物価の安定」を図ることは、中央銀行の大きな役割のひとつだ。日銀法でも第2条で、日銀の役割について「物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資する」と定めている。世界各国の中央銀行も同様に、物価安定のための政策遂行が義務づけられている。リーマン・ショックの直後から、欧米の中央銀行が紙幣を大量に供給してデフレ防止に取り組んだのは、この義務を履行するためだったともいえる。
物価が上昇を続けるインフレも、下落が継続するデフレも、「物価が不安定な状態」であることに変わりはない。ましてや長期間、物価が下落している日本の「デフレスパイラル」の状況は、継続的に「国民経済の健全な発展」を損なってきたものであるといえる。日銀は、こうした状況を長年にわたって放置してきたのだから、義務を果たしていなかったという批判が成り立つかもしれない。


【エヌピー通信社発行 納税通信 新年号より引用】





「アベノミクス」で景気は回復?
自民党の圧勝というよりも、民主党の自滅的な惨敗という結果に終わった衆院総選挙。自民党の安倍総裁を首班とする自公政権は、組閣・党三役などの人事を年内に固め、まずは景気・復興対策として10兆円規模の大型な平成24年度補正予算を編成することになる。年明け早々には自民党税制調査会(与党税調)を機能させ、平成25年度税制改正大綱を急ピッチで取りまとめる必要に迫られる。景気回復も震災復興も待ったなしの状況である以上、予算の執行に遅れが出てはならない。通常国会では税制改正法案の審議に充分な時間を割き、年度内の成立を目指すことになる。
選挙戦で急浮上した金融緩和政策の推進論。安倍総裁が強硬に主張したことから「アベノミクス」などと呼ばれ、にわかに注目されるようになった金融緩和政策で、はたして本当にデフレからの脱却と、日本経済の再浮上が図れるのだろうか。
旧日銀法は昭和17年に整えられたもので、これが平成9年に全部改正されたのが現行の日銀法だ。法改正当時から日銀の独立性が強すぎるためにデフレ対策ができないことを問題視する意見も多く、これまでにもたびたび制限を設けようとする改正案が国会に提出されてきた。
実際、現行の日銀法が平成10年4月に施行されて以降、同24年10月までの175カ月間でコア・コアCPI(エネルギー・食料品を除く国際的な消費者物価指数=インフレ指数)が前年比プラスになったのは、通算でわずか9カ月にすぎない。つまり、政府からの独立性を明確に規定した日銀法が施行されてから今日まで、日銀は物価の下落を放置する「デフレ容認路線」を取り続けてきたともいえる。
日銀法の改正以降、デフレ容認の路線を進んできた日銀ではあるが、その間、大胆な超低金利政策や度重なる金融緩和といった手法を駆使して、世界ではじめて市場と対話した実績があるともいえる。日銀の長期にわたる超低金利政策は欧米の中央銀行も手本にしたほどで、アメリカをはじめとする各国では圧倒的な量的規模の金融緩和施策を実施し、同時に低いインフレ率を保つことに成功した。しかしその一方で、日銀はインフレ恐怖症から抜け出すことができないまま、長期間のデフレスパイラルにもがき続けてきたわけだ。仮に、日銀が数年前から極めて大胆な金融緩和を行っていれば、日本経済の状況は大きく好転していたという可能性も否定できないだろう。


物価が下がるデフレがなぜ悪いか
デフレを容認してきたのは日銀だけに限らない。もはや〝恒常化〟しているといっても過言ではないほど、ここまで景気の低迷が長期化してしまうと、消費者・納税者の率直な感情として、「家計が苦しいときに、物価が下がるデフレがなぜ悪いのか」といった声が強まるのは当然だ。政治家も「デフレからの脱却を訴えて、有権者の支持が得られるとは思えない」と考えるようになり、結果として日銀によるデフレ容認路線を放置してきたことになる。
平成23年の総合消費者物価は平成9年比で3・3%下がった。景気の減退が続く期間に、物価が下がるデフレの現象は、それとは正反対のインフレよりも歓迎されることだろうが、同じ時期に給与所得世帯の収入は15・8%も減少している。この間、日本の国内総生産(GDP)は約1割減ったが、中国のそれは約6倍へと飛躍的に膨張し、日本を抜き去って世界第2位の経済規模となった。デフレは経済全体を萎縮させ、その結果、税収が激減して国家財政は危機に陥る。
「アベノミクス」では当初、「3%のインフレターゲット」を設定するよう日銀に求めており、新政権でも日銀との新たなアコード(政策の約束)に「2%を目標」とする文言を盛り込みたい考えだ。「2%を目途」としていた民主党政権時代のものよりも、一歩踏み込んだかたちだが、このインフレ数値目標については、金融・経済アナリストら専門家のあいだでも「バブル期ですら1・3%のインフレ率だった」ことから、その効果に懐疑的な意見が多いといえる。さらに、日銀が直接、建設国債を買い取れるようにしても、民間に支払われた公共工事代金が結局は市中銀行に回収されるだけのことで、結果的にマネーはより高い利回りの運用先を求めるのだから、国内へは再投資されず、デフレの解消には結びつかないといった意見もある。

(7面のつづき)
自公政権が「アベノミクス」を推進していくという観測を材料にして、一時的な円安と株高は演出されるだろうが、こうした動きは実際に「金融緩和の効果」があらわれたものではなく、「金融緩和への期待感」からのものであるといえる。円安・株高の〝正体〟を見極めないまま、それを根拠にデフレから脱却しつつあるなどと判断するのは錯覚であり、景気が回復に向かっているなどと捉えるのは短絡的に過ぎるといわざるを得ない。
仮に、「アベノミクス」が推進されれば、市中銀行では金利上昇などを見込んで国債運用の姿勢を強めるものと考えられる。日銀による量的な金融緩和が進むと輪番オペ(日銀による買いオペ)などで調達する資金量は増大するが、国内にこれといった成長産業も資金需要先も見出せない以上、魅力的な融資先はなく、必然的に国債運用の比重が高くなると予測される。さらに、メガバンクは国内向けの小型融資よりも、海外での国家プロジェクト級の旺盛な巨額資金需要に応じていたほうが管理も回収も容易で、投資効率もはるかによいと判断するはずだ。つまり、金融緩和によって量的にダブつき、潤沢になるはずのマネーは、国内の実体経済にはそれほど還流しないで、むしろ海外へ流出する公算が大きいといえる。資金の還流先として「アベノミクス」では、「国土強靱化」政策の推進と絡めて大型の公共事業を掲げているが、肝心の内需拡大策が公共工事へのバラマキだけではデフレ脱却には繋がらないだろう。
歴史に学べば一目瞭然だ。日米構造協議をもとに策定された「公共投資基本計画」によって、平成7年度から平成19年度までの13年間に投じられた公共事業費は総額630兆円もの巨額におよんだ。これだけの税金を公共事業に投下したにも関わらず、日本経済は停滞を続け、国と地方の借金だけが増えた。今日ではこの期間を指して「失われた20年」などと評価しているのが事実であり、公共事業へのバラマキだけでデフレから脱却できないことは、すでに実証済みだといえる。

複数の課題には複数の政策が必要
しかし、日本経済が再浮上するためには、早期にデフレからの脱却を図ることが不可欠だ。そしてそのためには、大胆な金融緩和政策の断行も必要だが、初級経済学の基礎定理のひとつとされる「ティンバーゲンの定理」を持ち出すまでもなく、「複数の独立した政策目標を同時に達成するためには、それと同数の独立した政策手段が必要である」とされている以上、量的緩和という金融政策だけでは、インフレ誘導や景気回復といった課題が同時に解決されるとは考えにくい。金融政策とは別に、独立した財政規律政策と経済成長政策などが同時に進行しなければ、デフレ脱却は画餅に終わる危険性をはらんでいるといわざるを得ない。
デフレの原因が少子高齢化にあるとする指摘や、国際競争の激化がデフレの状況をつくりだした要因であるとする意見もある。しかし、少子高齢化が進むのは日本だけに限ったことではなく、北欧をはじめとする欧州諸国でもその傾向は顕著だ。また、中国やアジア各国などから安い製品が大量に入ってくるアメリカでも、日本ほどのデフレ状態にはなっていない。
「物価の安定」を図ることは、中央銀行の大きな役割のひとつだ。日銀法でも第2条で、日銀の役割について「物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資する」と定めている。世界各国の中央銀行も同様に、物価安定のための政策遂行が義務づけられている。リーマン・ショックの直後から、欧米の中央銀行が紙幣を大量に供給してデフレ防止に取り組んだのは、この義務を履行するためだったともいえる。
物価が上昇を続けるインフレも、下落が継続するデフレも、「物価が不安定な状態」であることに変わりはない。ましてや長期間、物価が下落している日本の「デフレスパイラル」の状況は、継続的に「国民経済の健全な発展」を損なってきたものであるといえる。日銀は、こうした状況を長年にわたって放置してきたのだから、義務を果たしていなかったという批判が成り立つかもしれない。
スポンサーサイト

| 財政・税務 | 10:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT















非公開コメント:

TRACKBACK URL

http://mukouyama.blog.fc2.com/tb.php/185-2e695301

TRACKBACK

<< PREV | PAGE-SELECT | NEXT >>